(2024年4月22日)
次に「ギター乙の賃料相当額をAに払ってもらう」について考えてみましょう。Aが期日までにギター甲をBに引き渡さなかったのでBは代替品としてギター乙を借りなければなりませんでした。この状況は、Aが債務を履行しなかったこと(=債務不履行)によって債権者であるBに損害が生じているといえます。
債務不履行を理由とする損害賠償請求権について民法がどのような規定を置いているか、いくつかの規定についてここで確認しておきましょう。
民法415条1項本文が、債務不履行を理由とする損害賠償請求権発生の根拠となる条文です。
(補足:条文の読み方その1) 条文によっては中身が細分化されているものがあります。民法415条には、アラビア数字で「1」「2」と番号が振られています。アラビア数字で示されているのが、「項」です。そして民法415条2項には漢数字が用いられている文章が3つあります。漢数字で示されているのが「号」です。
(補足:条文の読み方その2) 民法415条1項は、2つの文章で構成されています。2つ目の文章には冒頭に「ただし」という接続詞がついています。「ただし」以下の文章のことを「ただし書き」といます。そして「ただし」よりも前の文章のことを「本文」といいます。本文に規定されている事象に該当する場合であっても、「ただし書」に該当している場合には本文に規定されている内容が生じない、これが「ただし書」の機能です。
民法415条本文は、「どのような場合に債権者は債務者に対して損害賠償請求をすることができるか」という問いに答える形で規定されています。民法415条は
1)債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき
または
2)債務者が債務の履行が不能であるとき
…に、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
と規定しています。
2)が規定されていることを前提に1)について考えてみると、1)は、「債務者が債務の履行が可能であるにもかかわらず、債務の本旨に従った履行をしないとき」を指しているといえます。
2)に該当する場合とは、例えば(Case3)の事例で、Aが誤ってギター甲を粗大ゴミに捨ててしまい、ギター甲がゴミ処理場で粉砕されて今った場合です。(Case3)には、このような事情(ギター甲の引き渡しが不可能となるような事情)が示されていませんから、(Case3)は、1)の「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」に該当するといえます。
民法415条1項本文を注意深く読んでみると、「これによって」という言葉(文言)が書かれています。「これ」とは、不履行行為のことを指します。そして「よって」という言葉は「因果関係」のことを指します。つまり、不履行行為と因果関係のあるものだけが「損害」として賠償の対象になります。「これによって」という文言が、損害賠償の対象を画しているといえますが、これだけでは損害賠償の対象範囲を決定する基準としては不十分です。(Case4)で確認してみましょう。
(Case4) A(売主)は、B(買主)との間で、2024年4月1日にAが所有するギター甲を目的物とし、代金を10万円とする旨の売買契約を締結した(以下これを「本件売買契約」という)。本件売買契約では、AがBに対してギター甲を2024年4月5日に引き渡すことと、本件売買契約と同時にBがAに対して代金50万円を支払うことが定められていた。本件売買契約に基づき2024年4月1日にBはAに対して代金50万円を支払った。しかしAは2024年4月5日を過ぎてもギター甲をBに引き渡さない。Bはギターを必要としていたことからやむを得ずギター甲と同種のギター乙をCから1日あたり5000円で借りた。Bはプロのギタリストであり、またギター甲はBのギターの師匠である故Dが使っていたものであった。2024年4月10日はDの命日であり、Dを偲ぶ音楽祭が開かれることになっておりBはその音楽祭で演奏する際にギター甲を使用する予定であった。しかし音楽祭当日Bはギター甲を使うことができないことを気に病み、ミスだらけの演奏をした。そのことで、精神的な苦痛を被り、またミスだらけの演奏が悪評となりBはそれまで引き受けていたギタリストとしての仕事の大部分を失った。仕事の大部分を失ったことでさらに精神的な苦痛を受けたBは病気になり、長期間の入院生活を送るようになった。