(Case1) :B(買主)が、A(売主)との間で「ポケット六法」を目的物とする売買契約を締結する。
(Case1)のBが「ポケット六法ください」と店員に告げ、これに応じて店員が「わかりました」と応答した場合、これによって何も問題なく契約が成立していると考えるのが普通のことかもしれません。普段私たちは外界に表示された意思表示を信頼して様々な契約を締結しています。他方で、民法が大切にしているのは「効果意思」の方です。なぜなら、民法には「私的自治の原則」(=人は自らの意思に基づいてのみ義務に拘束される)がが妥当しているからです。
そして、意思表示がされたとしても、その意思表示に対応する内心の効果意思が存在しない場合があります。これが「意思の不存在(欠缺)」の場面です。民法93条〜民法95条までが「意思の不存在(欠缺)」があった場合に関する規定です。
(Case2)教科書95頁(Case3-4)の例で、Aは日頃から「Bみたいにコレクションを粗末に扱うやつには自分のコレクションを何一つ売る気はない」「Bは、あんまりお金を持っていないだろうから時価よりも高い値段で売るよと言ってやろうか」などとX(旧ツイッター)でつぶやいていた。このような経緯からBは、Aが自分に対して「18万円で売るよ」と言ったのは真意ではないと知っていた。しかし、Aのツイートを読んで悔しく思っていたBは「買った!」と応答し、代金を工面するために急いで鉄道時計の買い手Cを見つけてCとの間でこの時計を目的物とする売買契約を締結し、Cから代金18万円を受領した。CはXをやっておらず、これまでの経緯を何も知らなかった。
(Case2)で、Cが登場しない場合を考えてみましょう。Aによる「18万円で売るよ」という意思表示がAによる心裡留保であることをBは知っていました。したがって、この意思表示は民法93条1項ただし書に基づき無効であり、AーB間の鉄道時計を目的物とする売買契約は無効とされ、鉄道時計の所有権がAからBへと移転することもありません(注:所有権の移転については民法176条を参照してください)。
このままだと、Bは鉄道時計の所有権を取得しておらず、Cとの間で売買契約を締結して代金を受領しているにもかかわらず鉄道模型の所有権をCに移転することはできないし、これを引き渡すこともできないことになります。このような結論は第三者であるCを不当に害するものです。このような場合に備えて民法93条2項が規定されています。
⭐️法律用語としての「善意」「悪意」
⭐️民法93条2項の「善意」とは、「民法93条1項ただし書に基づき表意者が相手方に対してした意思表示が無効であること」を知らないことです。